第二章 いびつな間取り図
記事を公開した後、いくつかメールが届き、その中で一つ気になるものがあった。
「あの家に心あたりがある」
名前と電話番号が書かれており、返事がほしいとのこと。
数回、メールのやり取りをし、会う事になった。その人は埼玉県在住の宮江柚希さん。
宮江柚希さんは「あの家の住人に主人が殺されたかもしれない」と言うのだ。
夫、宮江恭一は3年前「知り合いの家に行ってくる」と家を出てから行方不明。
数ヶ月後に埼玉県内の山中で遺体が発見された。しかし、左手がなかった…
先日の事件も、被害者の左手首だけが見つかっていない。
しかし、恭一さんが行方不明になったのは3年前。
あの家はまだ存在していなかった。
そこで宮江柚希さんは持参した間取り図のコピーを見せる。
東京にある家の前に、あの住人がかつて住んでいた可能性のある家ではないかと。
宮江さんは過去3年間で県内の売りに出された物件をしらみつぶしに調べて、この間取り図を見つけた。
共通点は多い。
窓のない子供部屋、備え付けのトイレ、窓のない浴室、脱衣所の隣にある謎の空間。
気になる箇所は、リビング隣にある三角形の部屋。
雨穴さんは再び、栗原さんにこの間取り図を見せた。
すると、この三角形の部屋は明らかに増設された部屋であると。
なぜこのような部屋を作ったのか?
二人は憶測するが益々謎が深まる。
宮江柚希さんが持ってきた間取り図の埼玉の家は、家事で全焼している。
雨穴さんは栗原さんに、東京の家に行ってみようかと提案する。
翌週、東京の家に行くとと隣の家の住人に声をかけられた。
その人が言うには、そこに住んでいたのは片淵夫婦とひろとという男の子。
突然、引っ越してしまったというが、三ヶ月前くらいの夜、二階の窓に見たことのない子どもがいたのを見たという。
子どもは二人いる?
子どもが生まれるから、三角に部屋を増設した?
そもそも、一方で子どもに殺人をさせて、一方で子どもを慈しみ育てることなんて可能なんだろうか?
憶測は益々、混乱する。
すると、栗原さんから衝撃的な事実を知らされる。
宮江恭一さんには奥さんはいなかったと。
では、宮江柚希と名乗る人物は何者なのか?
彼女に問いただすと、自分の本名は片淵柚希。あの東京の家の住人、片淵綾乃の妹だと。
そして、これまでの経緯を話し始める。
1995年、埼玉県で生まれた柚希には、父、母、2歳年上の姉がいた。
ごく普通の家庭だったが、柚希が10歳の時、姉の綾乃が突然家からいなくなった。
ベット、机、服、姉に関するもの全てが無くなっていた。
驚き、母に尋ねると「お姉ちゃんは今日からうちの子ではなくなった」と言い、それ以上の事は何も教えてくれなかった。
姉がいなくなってから、家族は壊れていった。
父は交通事故で亡くなり、母は再婚するが義理の父と折り合いが悪く、高校卒業すると家を出た。
家族のことを思い出さないようにして生活していたが、2016年10月、突然、姉からの手紙が届いた。
書かれていた携帯に電話し、姉と長い時間話しをした。
姉の話では、少し前に結婚をして、埼玉にいる。
相手は慶太という人で、片淵の姓を選択したので片淵綾乃のままだという。
しかし、あの日突然に家からいなくなった理由は決して教えてくれなかった。
子どもが生まれたことも聞き、その後しばらく連絡がなかったが、再び連絡があった時、東京に新居を構えたので、来ないかと招待された。
13年ぶりに姉と再会。
子どもの時の面影もあるが綺麗なお母さんになった姉と、とても優しそうな慶太さん。
姉そっくりで可愛いひろとちゃん。
理想的な家族に見えた。
しかし、何故か「今、階段を修理しているから2階へは上がれない」という。
新築なのに修理?と違和感を覚えた。
そして、家に招待されてから2ヶ月後、再び連絡が取れなくなってしまった。
絶縁状態にあった母に姉の行方を尋ねたが、何も話してくれない。
警察に相談してもダメ、不動産会社も個人情報だからといって教えてくれない。
途方に暮れていたとき、偶然、あの記事を見つけ心臓が止まるほど驚いた。
あの間取り図の家は、間違いなく姉夫婦が住んでいた家だと。
姉夫婦が住んでいた家の近くの雑木林で手首のない遺体が見つかった。
その被害者は家の近くに住んでいた。
とても嫌な予感がする。
もしかして、記事を書いた人に埼玉の家の間取り図を見てもらえれば、何か手がかりがみつかるかもしれないが、『住人の妹』と名乗れば警戒して会ってくれないだろう。
なので、被害者の妻と偽ってしまった。
柚希の経緯を聞き、姉、綾乃の失踪がすべての発端になっているような気がする。
綾乃がいなくなる前に何か変わったことがなかったか、柚希に思い出してもらうと、その一週間前、祖父の家に泊まりに行ったとき、従弟(いとこ)が事故で亡くなっている。
しかし、柚希にはとても不自然に思えてしかたなかったのだ。
その3 第三章 記憶のなかの間取り へ続く